画商時代のゴッホ
絵を売る側から描く側へ
ゴッホは、最初から画家として生きていたわけではありません。若き日の彼は、絵を描く人ではなく、絵を売る側にいました。画商として過ごした日々は、後のゴッホにどのような影響を与えたのでしょうか。
ゴッホは16歳で画商の仕事に就いた
フィンセント・ファン・ゴッホは、若いころから画家だったわけではありません。
彼が最初に本格的な仕事として就いたのは、絵を売る仕事でした。
ゴッホは16歳のころ、国際的な美術商であるグーピル商会で働き始めます。ゴッホ美術館によると、彼は叔父の紹介で、ハーグにあったグーピル商会の支店に見習いとして入社しました。
参考:Van Gogh Museum|Young Vincent
つまり、ゴッホは「絵を描く側」になる前に、まず「絵を扱う側」として美術の世界に入ったのです。
ゴッホが画家になるのは27歳のころです。
それよりもずっと前に、彼は画商の仕事を通じて、多くの作品や芸術家の名前、絵を見る目に触れていました。
グーピル商会とはどんな場所だったのか
グーピル商会は、当時のヨーロッパで大きな影響力を持っていた美術商でした。
絵画や版画などを扱い、芸術作品を買いたい人と、作品を売る側をつなぐ存在です。
ゴッホはここで、作品そのものだけでなく、芸術がどのように市場で扱われるのかも見ていきました。
後に彼が商業的な成功から遠い場所で絵を描くことになることを考えると、この画商時代はとても興味深い時期です。
ゴッホは芸術の世界に近い場所にいながら、同時に「売れる絵」と「心を動かす絵」の違いも感じていたのかもしれません。
ハーグで始まった画商としての生活
ゴッホが最初に働いたのは、オランダのハーグにある支店でした。
まだ十代だったゴッホにとって、画商の仕事は社会に出る大きな一歩でした。
店では、作品の扱い方、顧客とのやり取り、絵画や版画を見る経験など、さまざまなことを学んだと考えられます。
このころのゴッホは、後年の激しい筆づかいで知られる画家ではなく、絵を売る仕事に向き合う若い店員でした。
ただ、そこで見た作品の数々は、彼の心の奥に少しずつ残っていったはずです。
ロンドンで広がった視野
その後、ゴッホはロンドンの支店へ移ります。
Tateによると、ゴッホは20歳のころにイギリスへ渡り、ロンドンで画商として働きました。ロンドンでの生活は、彼の視野を大きく広げる経験になります。
参考:Tate|Seven Things to Know about Vincent van Gogh’s Time in Britain
ロンドンは大きな都市であり、美術館や街並み、文学、宗教、貧富の差など、多くのものがゴッホに強い印象を与えました。
ゴッホ美術館によると、ロンドン時代のゴッホは大英博物館やナショナル・ギャラリーを訪れ、ミレーやジュール・ブルトンのような「農民を描いた画家」にも関心を持っていました。
参考:Van Gogh Museum|Looking for a Direction
これは後のゴッホを考えるうえで、とても重要です。
ゴッホは後に、農民や働く人々を真剣に描こうとします。その関心は、突然生まれたものではなく、若いころから少しずつ育っていたのかもしれません。
絵を売る仕事への違和感
画商の仕事は、芸術に近い仕事です。
しかし、ゴッホにとって、それは必ずしも心から満たされる仕事ではなかったようです。
芸術作品が商品として扱われる現場にいる中で、ゴッホはしだいに仕事への熱意を失っていきます。
美しい絵を扱っていても、それを売ることだけが目的になると、彼の中には違和感が生まれたのかもしれません。
ゴッホは、不器用なほどまっすぐな人でした。
芸術に対しても、人間に対しても、表面的なものだけでは満足できなかったのでしょう。
ゴッホは、絵を「売るもの」としてだけ見ることができませんでした。
そこに、人の心や人生を見ようとしていたのかもしれません。
パリへの転勤と心の変化
ロンドンでの生活の後、ゴッホはパリへ移ります。
パリは美術の中心地のひとつでしたが、このころのゴッホは次第に宗教的な関心を強めていきました。
ゴッホ美術館は、1875年にパリへ移った時期、ゴッホがますます宗教的になっていったと説明しています。
参考:Van Gogh Museum|Looking for a Direction
この変化は、次の人生の段階へとつながっていきます。
画商として働くよりも、人々の苦しみに寄り添いたい。信仰を通して何かをしたい。
そんな思いが、ゴッホの中で強くなっていったのでしょう。
画商時代は失敗だったのか
ゴッホは、最終的には画商の仕事から離れていきます。
その意味では、画商として成功した人物とはいえないかもしれません。
しかし、この時代を単なる失敗として見るのはもったいないことです。
画商時代のゴッホは、多くの絵に触れました。
美術館を訪れ、画家の名前を知り、作品を見る経験を積みました。
さらに、芸術が商品として流通する現実も見ました。
その経験があったからこそ、後に彼は「自分はどんな絵を描きたいのか」を深く考えることになったのではないでしょうか。
画商時代は、ゴッホが画家になる前の重要な準備期間でした。
それは、絵の技術を学ぶ期間というより、芸術と人生の関係を考え始める時間だったともいえます。
絵を売る側から描く側へ
ゴッホの人生は、一直線ではありません。
画商として働き、ロンドンやパリを経験し、やがて宗教への関心を深め、伝道師を目指す時期へと進んでいきます。
その後、長い迷いを経て、彼は27歳で画家になる決意をします。
絵を売る側にいた若者が、やがて自分自身の絵を描く側へ向かう。
その転換は、単なる職業の変更ではありません。
ゴッホにとってそれは、「自分は何を見て、何を感じ、何を人に届けたいのか」を探す旅だったのです。
まとめ|画商時代はゴッホの原点のひとつ
ゴッホの画商時代は、彼がまだ画家になる前の大切な時期です。
16歳でグーピル商会に入り、ハーグ、ロンドン、パリで働いた経験は、彼に多くの作品と出会う機会を与えました。
その一方で、芸術を商品として扱う仕事への違和感や、人生の意味を探す気持ちも強まっていきます。
ゴッホは、画商として成功する道を進みませんでした。
しかし、その時代に見た絵、人々、都市、そして自分の中の迷いは、後の画家ゴッホを形づくる重要な要素になりました。
絵を売る側から、絵を描く側へ。
ゴッホの画商時代は、その大きな転換の始まりだったのです。
※本記事の内容は、正確性や最新性を保証するものではありません。


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